自分らしいお墓選び

久しぶりに実家に帰ると、母が墓石のパンフレットを広げていました。どうしたの、縁起でもない、といった言葉がとっさに口から飛び出しました。七十を過ぎたとはいえ、母は未だ足腰も達者で、週末には好きな山登りを楽しむほどの元気者です。冗談かと思いましたが、母は案外真剣で、墓を買うにも土地を探すのが大変らしい、と答えてため息をつきました。
なんでも、ご近所の方が亡くなって、残されたお身内の方が、お墓探しに奔走されているとのことでした。亡くなられた方はやはり、お元気で評判のご老人で、倒れられたのは本当に急なことだったそうです。ご家族の方のご苦労を見ていると、母は急に焦りを感じたと言いました。墓石のパンフレットは、その方から一部分けてもらってきたとのことです。
私は、母にそんなことを考えてほしくはありませんでした。まだ死なれては困ります。不自然にとられないよう、話題を変えてパンフレットを片付けようとしましたが、母は見るのをやめようとはしませんでした。
仕方がないのでしばらく話を合わせていたのですが、意外と、母は墓石選びを楽しく感じているようでした。
みてみて、と母が言います。今はこんなのがあるんだねえ、と指さすページを見てみると、本当に、驚くほどに多様なタイプの墓石が並んでいました。本を開いた形の墓石、音符の形をした墓石、故人の趣味を表すようなものがたくさんあります。その中で母は、これがいいと、宮殿を模したらしい墓石、ベルサイユ風のお墓を示して嬉しそうに笑いました。
その笑顔を見て、縁起でもないと言ってしまったことを反省しました。母は母なりに、最期まで自分らしくいられる場所を探したかったのだと思ったからです。
以後母はときどき、終活という言葉を口にするようになりました。終活だと言っては部屋を片付け、保険の契約書を探し、最近はお友達と墓所を見に行ってきたそうです。とても楽しそうです。
終活とは、生きている今をすがすがしいものにする活動だと、最近は思うようになりました。後の憂いがないように、今をきれいにしておくことのように、母を見ていると感じられるからです。