昨年亡くなった父親の死について思うこと

昨年実家で生活していた父親が前日まで元気でしたが当日外出先で倒れてから1日で死んでしまいました。あまりに突然のことで遺言書などなく途方にくれましたが、父親の部屋の遺品でもかたづけようと久しぶりに訪れましたが綺麗に片づけられていたので驚きました。
母親が整理整頓したわけではなく、亡くなる前から少しずつかたずけていたので終活らしきことをしていたみたいです。机の引き出しを開けておどろいたのは、年代ごとに手帳がきちんとそろえられていて、最新の手帳を見ると住所録のところに友達や親せきの名前がきちんと書いてあったので葬式の日取りを連絡するときに随分助かりました。本棚も月刊誌が月ごとに並べられていて中古本屋に引き取りやすくなっていました。
一番驚いたのは金庫をあけたときにワープロで印刷された用紙があり、毎年書き変えていたらしく束になっていました。中身は父親の所有する財産目録で複数の銀行口座と残高、郵便貯金、株の一覧表など事細かに記載されていたので一目でわかり、あとで名義変更するときに戸惑わなくてすみました。
実家の土地は借地で生前大家さんから買い取るために工面していたのはしっていましたが、一部を私の名義にしておいてくれたのも、相続のときに困らないようにするためのようでした。
晩年は70歳まで勤めた会社を辞めて悠々自適にくらしていたので、表面上は家族のためになにもしていないようなふるまいでしたが、ひそかに終活をしていたことは間違いないです。
遺影となる写真は普通は若い頃の方が元気で生前を想い出すときによいのかとおもっていましたが、机の中にアルバムのようなものがあり、会社の同僚や大学時代の仲間の写真がありました。その中でなぜか数枚一人でポーズを取っている晩年の写真があり笑顔が良いものがありました。おそらくこれを遺影にしてほしかったのではと推測し、使うことにしました。
昔の人で頑固なところがありましたが、人知れず死の準備をしていたことは素直に素晴らしく、同時に自分も見習おうと思うようになりました。